雇用契約の法的性質(有期雇用契約か無期雇用契約か)が争われた事例
東京地裁令和5年1月16日(ISS事件:労働経済判例速報2522号26頁)
近時、労働者の適正等を評価する目的で有期雇用契約を締結していた場合において、当該有期雇用契約が実質的には無期雇用契約であるとして争われるケースが増えております。
そのような、近年の傾向を反映した相談事例として、上記裁判例のご紹介をいたします。
なお、当職はY(会社側)代理人弁護士となります。
【事案の概要】
本件は、Yとの間で雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結したXが、Yに対し、本件雇用契約は無期雇用契約であり、仮に有期雇用契約であり契約期間が満了しているとしても労働契約法19条によって更新されている旨主張して、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、本件雇用契約に基づき、令和2年10月から本判決確定の日まで毎月末日限り22万5000円の賃金の支払を求め、また、Yが本件雇用契約の締結に当たって無期雇用契約である旨の労働条件を明示せず、Xを不当に解雇した旨主張して、不法行為に基づき、損害金150万円及びこれに対するXがYから解雇された日として主張する同年8月27日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
【判示事項の要旨】
1.Xが令和2年8月27日にYから本件雇用契約を合意解約することを提案された際、同年9月30日までと合意されていた期間を敢えて短縮し本件雇用契約を解約することを承諾したとは認め難く、その他、Xが同年8月27日にYとの間で同年9月20日をもって本件雇用契約を解約することを合意したことを認めるに証拠はない。
2.令和2年1月20日付け当該雇用契約書には、本件雇用契約に令和2年2月3日から同年5月2日までの期間の定めがあり、当該期間を試用期間とし、3か月間の有期雇用契約とする旨記載されていたところ、Xが、当該記載を認識しつつ、異議を述べることなく、当該雇用契約書に署名押印したことからすると、X及びYが本件雇用契約の存続期間として本件契約期間を定めたことは明らかというべきであるから、本件契約期間は本件雇用契約の存続期間であって、2回の更新によりその末日となった令和2年9月30日が経過したことにより、既に満了したものと認められる。
3.本件雇用契約は2回更新され、その契約期間は通算して約8か月となっているところ、いずれの更新についても契約期間を記載した各雇用契約書を作成し、Xとの間で対面又はオンラインでの面談を行った上、2回目の更新に際して作成した雇用契約書にはXの署名押印を得るなどして、明示的に更新手続を行っていたこと、Xは、2回目の更新に際して、Y代表者Aから、Xが従事していたライセンス管理業務に関する取引が終了する見込みである旨、営業活動を行って新しい仕事先を見つけられるよう最善を尽くすものの、最悪の場合雇用を継続することができない旨の説明を受けていたことに照らすと、Xにとって、本件雇用契約が2回目に更新された令和2年8月7日の時点で、本件雇用契約が更新されるものと期待することについての合理的な理由があったとはいえないから、同年9月30日の本件契約期間の満了後、同年10月1日以降を契約期間として本件雇用契約が更新されたものとは認められない。
4.Xは、令和2年8月27日、Yから、同年9月をもって本件雇用契約を合意解約することを提案され、その後、同月20日付けでYを退職したものとして取り扱われているが、Xが本件雇用契約を合意解約することを合意したものとは認められないから、YがXに対し前記提案をしたことは、有期雇用契約である本件雇用契約の解約を一方的に申し入れたものというべきであって、その実質は解雇であり、やむを得ない事由があったとも認められないから、Xの承諾を得ることなく故意又は過失によってXの権利又は法律上保護される利益を侵害した行為として、不法行為に該当するというべきであり、Xが被った損害は、11万円(慰謝料等)と評価するのが相当である。
【Y代理人弁護士のコメント】
本件は、Xの雇用契約の法的性質が無期雇用契約なのか、有期雇用契約なのかという点が激しく争われたという点に特徴があります。
X側は、本件有期雇用契約が、試用期間としてXの適正等を評価することを目的としていたとして、神戸弘陵学園事件(最三平成2年6月5日労判564号7頁)の判示事項が本件にも適用されるものと主張して、本件有期雇用契約は、試用期間付きの無期雇用契約であると主張しました。
神戸弘陵学園事件判決の判示事項は以下のとおりです。
「使用者が労働者を新規に採用するに当たり、その雇用契約に期間を設けた場合において、その設けた趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、右期間の満了により右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立している等の特段の事情が認められる場合を除き、右期間は存続期間ではなく、試用期間であると解するのが相当である。」
しかし、上記神戸弘陵学園事件判決は、学説からの評価は低く、仮に、同判例の判示事項を一般化した場合、契約期間の趣旨・目的が適性判断である場合には、ほとんど常に試用期間付きの無期労働契約と解すべきということになるでしょうし、その射程は限定的に捉えるべきとされています(つまり、上記判例の「特段の事情」は広く解するべきとされています)。
そもそも、現在の労働契約法においては、適性判断目的での有期雇用契約の雇い止めは、労働契約法第19条の法理において処理されるべきであり、その原則的な枠組みと異なる処理を行うためには、相当の例外的な事情が必要になるものと考えられます。
なお、ロイター・ジャパン事件判決(東京地裁平成11・1・29労判760号26頁)では、以下のように判示しており、神戸弘陵学園事件判決の射程を限定的に捉えています。
「右(神戸弘陵学園事件)は、使用者が新設の高等学校で一時に大量の教諭を採用しなければならない事情の下で、教諭として長い経験を有する少数の教諭を除いて、大多数の教諭と期限付き雇用契約を締結した事案である・・・ところ、右事情の下では、使用者は、期限付き雇用契約を締結した教諭であっても、そのうちの多数の者の雇用継続を当然に予定していたものと推測することができる一方、本件では、そのような事情は窺えず、勤務態度が良ければ、正社員として採用するというのはあくまでも契約終了、契約更新、正社員としての採用という三つの選択肢の一つにすぎなかったものというべきであり、そうだとすれば、本件雇用契約は、解約権留保付雇用契約類似と見ることができる程度にまで正社員としての採用の期待を原告に抱かせるものではなかったといわざるをえない。」
以上のことからすると、神戸弘陵学園事件判決のように、学校の開設に伴う大量採用を行い、大多数の教諭と有期雇用契約を締結して、学校運営のため期間満了後の雇用の継続を当然の前提としていた、というような特異の事情が存在するのであれば、同判決の射程が及ぶものと解することも可能と思われますが、本件を含め、そのような例外的な事情がない場合には、同判決の判示事項をそのまま適用することは困難であるものと思われます。
また、本件では、当事者間において、有期雇用契約が締結されており、神戸弘陵学園事件でいう「期間の満了により右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立している等の特段の事情が認められる場合」に該当するものと評価できます。
したがって、本判決が、Xの雇用契約を有期雇用契約と判断し、労働契約法第19条に従って判断したことは、妥当なものであると考えられます。
なお、有期雇用契約の定め(存続期間の定め)を試用期間として利用することが許容されるのかという点について、本判決は「法律上、雇用契約の存続期間としての期間の定めを試用期間として利用することも許容されていると解される」と明確に判示しており、有期雇用契約の定めを試用期間として利用することは特段問題がないものとされております。
最後にY側としては、Xとの雇用契約を合意解除によって終了させたことを主張しておりましたが、合意書面を作成していなかったこともあり、残念ながら、本判決では合意解除の事実は認定されませんでした(ただし、損害賠償額としては11万円の限度で認定されております)。
雇用契約の終了の場面では、従前の交渉が拗れている案件であるほど、会社側としても拙速な対応を行いがちになりますが、そのような場面であるからこそ、適切に合意書面を作成することや、労働者に十分な説明を尽くすといった、リスク回避的な対応が求められるものといえ、今後の教訓になるものと評価できるでしょう。